2025年3月26日(水曜日)、この日も前日と同じく日中は25度を超えていました。
しかし、今日をなんとか凌げば翌日の天気予報は雨。
なんとか……という気持ちでした。
絶体絶命の明るい夜
8時、避難先から被災地となった地元に戻る前に、現地で火を見張っていた友人から、友人の家や私の家だけでなく、周囲の建物すべてが焼け落ちる可能性があったことを知らされました。
昨晩、180度取り囲むように迫ってきた炎は目の前にまで達し、絶え間なく火の粉が降り注いでいたのです。
しかし、消防の方々の決死の放水活動によって、奇跡的にもなんとか無事でした。
8時30分頃、地元に戻ると、昨日の避難前には見かけなかった「四国中央市」と書かれたホースが、かつて道だった山の奥へと何本も伸びており、そのまま置かれていました。
その時、昨晩の非常に緊迫した状況が改めてわかりました。
そして、昨晩は養護学校がある側の山も燃え上がり、そこでも決死の消火活動が行われ、距離こそあるものの、360度から炎に照らされたことで、夜にもかかわらずとても明るかったことも聞きました。
沈静化への兆し
この日を境に、今回の山林火災は少しずつ沈静化に向かっていったと感じています。
緊急消防援助隊
それは、ここまで懸命に消火活動をしてくださった消防の方々や自衛隊の方々はもちろんのこと、広島県と香川県から緊急消防援助隊として264人の消防隊員が到着したことが大きな要因でした。
緊急消防援助隊は、大規模災害発生時に全国の消防機関から迅速に被災地に派遣されることを目的とした、専門の訓練を受けた消防隊員で構成される、いわばエリート部隊です。
ある消防団員の方から聞いた話では、この援助隊の到着が今回の山林火災の大きな転換点となり、火災の拡大の速度に消防力が追いつき、徐々に抑え込むことができたと言います。
空中からの消火支援
自衛隊からはCH-47型4機とUH-1型2機の合計6機のヘリコプターが動員され、東予運動公園を基点に活動を行いました。
これに加えて、消防防災ヘリコプター6機(徳島県、山口県、広島県、広島市、大分県・大阪市)が朝倉緑のふるさと公園および玉川グリーンピアを拠点に空中からの水撒きを実施しました。
地上部隊による消火戦略
地上部隊では、今治市消防本部から8隊32人(延べ324人)、今治市消防団から61台395人(延べ1,000人)が消火活動に従事しました。
また、県内応援隊からは12消防本部(局)から29隊91名が参加し、住家付近での延焼防止に重点を置いた消火活動を展開しました。
総動員の規模とその効果
そして、緊急消防援助隊の広島県、広島市、香川県からの応援を含め、この日の総消防力は地上部隊と空中部隊を合わせて計1,479人もの消防隊員と支援スタッフが消火活動を行いました。
この大規模な支援は、火災の広がりを抑えるための重要な転換点となりました。
ヘリからの散水と熱源への警戒
この日、もはや燃えるものがほとんどない長沢は非常に落ち着いていました。
しかし、養護学校がある山にはヘリによる散水が日没まで行われ、笠松山の方にも自衛隊を含む多くのヘリが散水を行っていました。
さらに、消防のサイレンは鳴り止むことなく、常に移動しながら消火活動を行っているようでした。
落ち着いていたとはいえ、私たちの住む場所から100メートルもない場所には未だ熱源が存在しており、昨晩消火していたと思われる場所からは常に煙が上がっていました。
まだ白い煙ではありましたが、気温が上がり乾燥してくると、いつここが再び発火するかわからないため、私たちは見張っていました。
捨てられたゴミと山林火災のリスク
正午前、他の人に見張りを任せて、周囲の状況を確認することにしました。
すると、ゴミが大量に不法投棄されている場所がまだ燻り続けてるのを目にしました。
不法投棄されたゴミには可燃性の高い物質が含まれている可能性が高く、プラスチック類、紙製品、木材片などが燃えやすい性質を持っています。
不法投棄されたゴミには可燃性の高い物質が含まれている可能性が高く、プラスチック類、紙製品、木材片などが燃えやすい性質を持っています。
一度火が付くと、これらの物質は消火が困難になります。
また、不法投棄されたゴミは不規則に積み上げられており、空気の流れを制限する密集した構造が形成されているため、内部で低温燃焼が進行しやすくなります。
このため、外からは消えたように見えても、内部ではくすぶりが続き、長時間高温が維持されることがあります。
さらに、これらのゴミの中には、消火活動後も再燃しやすい化学物質や油類が含まれていることがあり、水による消火が困難で、水がかかっても燃焼を続けることがあります。
さらに、今回の山林火災のそもそもの原因がタバコの不始末、つまりポイ捨てによるものだと考えていたので、この時は非常に憤りを感じました。
警察からの通報と自主的な消火活動
この頃には、警察の現場検証も少しずつ始まっていたのかな?わかりませんが、
私の近くの山では、警察の方々が常駐し、その場所を監視していました。しかし、ある時間に突如として約10メートルほどの火の手が横に伸びました。
そのため、警察の方々はすぐに消防に連絡をしました。
なぜこれを知っているのかというと、たまたま私と父が、先ほどのゴミが燻っている場所など、安全な距離から少し煙が出ている場所に散水するために見回っていたからです。
ちょうどその火が上がった現場を目撃した私たちは、タンクに詰めていた川の水500リットルを使って消火しました。
消火したとはいえ、火が見えなくなった程度なので、完全に消えたかどうかはわかりません。
それでも、一時的に抑え込むことができ、警察の方々に感謝されました。
これが前回の記事で記載したまったくもって他人に推奨できないが、やるしかなかった初期消火の一部です。
一般的に見れば危険な行為と捉えられるかもしれませんが、警察の方々が直接消防に連絡しても、消防車が現場に到着したのはそれから2時間後のことでした。
つまり、長沢では落ちついていたものの、全体としての状況は未だ切迫していたことがわかります。
熱源からの煙と119
14時20分頃、見張っていた煙が大きくなり、焦げ臭くなっていたので、手遅れにならないように119番通報をしました。
しかし、当然ながらそれだけでは消防隊は来てくれません。ただし、連絡をしておかないと、空いている時間にも来てもらえないので、連絡する必要がありました。
でかい…。緊急消防援助隊との接触
17時50分頃、あたりが暗くなり始めた頃に、消防車が続々と現場に集まり出しました。
…やっと来てくれたのか?
と思ったのもつかの間、
いや…それにしても多くないか?
え?…ていうかでかすぎる…消防隊というよりもはや軍。
不安と安心
突然この規模の大隊が、しかも夜になるタイミングでやってきたことで、何か大変な事態が発生しようとしているのかと心配になりました。
話を聞きに行くと、香川県の緊急消防援助隊の方々で、通報によってこの場にきたのではなく、ここが消火用の水の給水場の一つであり、周囲の地理状況の確認するためにやって来たことがわかりました。
その中で、消火栓の位置についても聞かれました。
実は、山林火災が始まった当初、消火栓から水があまり出ないという事態が発生していたと聞いていたので、私たちはもしかしたら、そのために池の水を使ったのではないかと思い、そのことを伝えました。
また、本来この水は農業用ですが、消火・防災を最優先にしているので、「どうぞ好きに使ってください」と伝えました。
そして、昨晩の状況や熱源(火種)そこまでの道の状況なども説明しました。
これから夜から朝にかけての活動は別の隊が行うということでしたが、この時は全体の状況が落ち着いていたこともあり、現場の確認もしていただきました。
そして、実際に消火が必要な状況になれば、すぐに直接119番に通報してくださいとのことでした。
これはこれまでと同じ対応ですが、状況に変化があった際にすぐ連絡が取れるようにと、携帯番号を尋ねられたのが印象的でした。
「消火ホースが示す道」現場に残された無言のメッセージ
この時、現場に残されたままの消火ホースは道標のような役割を果たしており、後日、他の消防隊の方々が来た際も、このホースをヒントにして熱源である現場に向かっていました。
また、再び熱源から周囲に燃え広がった際にすぐに消火活動に入るためにも、このホースはそのまま現場に残しておいたのだと思います。
地図に刻まれた“熱源”
何度も火災が起きていた場所――いわゆる“熱源”には、地図上で番号が割り振られていて、この場所もまさにそのひとつに該当していました。
そのため、詳しい住所を伝えなくても、簡単な地名だけで現場が特定できると教えてもらい、ほっとしました。
さらに、地域の消防団の方からは、「119番に連絡すればGPS機能が使えるので、現場にいれば正確な住所がわからなくても大丈夫ですよ」と教えていただき、通報に対する不安はすっかり解消されました。
地元での警戒は続く
この日は1日を通して比較的落ち着いており、一度現場を見てもらっていたことや、先ほど得た情報を元に地元に残ることにしました。
さらに、19時頃、先ほどの消防の方から私の携帯に直接連絡があり、山に入って火元である熱源を叩いてきたことを知らせてくれました。
これにより、さらに安心することができました。
しかし、同時に「引き続き警戒は続けてください」とも伝えられており、何度も炎が復活するのを目撃して来たこれまでの経験もあり、警戒は完全には解けるわけではありませんでした。
時折外の様子を伺いながら周囲の警戒はしており、いつでも逃げられるように車を少し離れた場所に移動させるなど、避難準備だけは整えていました。
煙のない夜に見た美しい星
19時20分頃、どこからか煙が流れてきて、周囲は煙で完全に包まれました。
サイレンがけたたましく鳴り響き、国道196号線から高麗池の方向へと何台もの消防車が向かいました。朝倉方面にも別の消防車が向かっていました。
この煙の発生源がどこなのかは不明でしたが、ある場所が少しだけ燃えていると聞いたので、友人と共に見回りに行きました。
煤の匂いはしましたが、そこには火の手も煙もありませんでした。
何事もなかったので、友人と地元から少し離れた地域を歩いてみると、そこには日常のような静けさが広がっていました。
空は煙もなく晴れ渡り、久しぶりに星が綺麗に見える夜空でした。10分ほどのことでしたが、数日間続いた緊張感から一時的にでも解放されたような思いでした。
そして、待ちに待った翌日(2025年3月27日、木曜日)、天気予報は雨。
「神様、どうか雨を…」そんな切実な思いを胸に、眠りにつきました。
こうして、火災発生からの4日目は終わりました。