神仏探訪記 神仏探訪記

  • ホーム
  • 神仏探訪記
    • 神社
    • 寺院
    • 史跡
  • 特集
    • 偉人伝
    • 今治山林火災
    • 今治城の歴史
    • 今治タオル物語
    • 今治とキリスト教
    • 越智氏の系譜
    • こぼれ話
    • 世田山合戦
    • 自然 × 暮らし
    • 伝統×文化
  • データーベース
  • フォトギャラリー
  • ご質問・お問い合わせ
    • 当サイトについて
    • 写真の二次利用について
    • 参考文献・参考論・資料
    • プライバシーポリシー
    • お問い合わせ
神社SHRINE

古くから信仰を集めてきた神社の由緒と、その土地に根付いた文化を紹介。

寺院TEMPLE

人々の心のよりどころとなった寺院を巡り、その背景を学ぶ。

史跡MONUMENT

時代ごとの歴史を刻む史跡を巡り、今治の魅力を再発見。

今治山林火災

FEATURE

06

《今治山林火災⑥》鎮圧から鎮火へ──静かに消えた最後の熱源
今治城の歴史

FEATURE

02

【今治城の歴史②】築城四百年の記憶が刻まれた巨石「勘兵衛石」
今治タオル物語

FEATURE

05

【今治タオル物語⑤】麓常三郎が起こした革新──麓式二挺筬バッタンの誕生
世田山合戦
《世田山合戦④》南朝再興を託された西国総大将「脇屋義助」今張上陸
今治城の歴史
【今治城の歴史⑦】幻の天守はどこへ消えた?藤堂高虎と層塔型天守の謎
今治山林火災
《今治山林火災⑦》鎮火後に見えた課題、火災の中で得た教訓
こぼれ話
東京都台東区に並ぶ3つの三島神社の謎 ── 伊予から江戸へ繋がった信仰と歴史
心月庵・薬師堂(今治市・来島)
TEMPLE 寺院の歴史を知る

心月庵・薬師堂(今治市・来島)

  • Post
  • Share
  • Hatena
  • LINE
  • Pin it
  • note
【PR】
汝、星のごとく (Kissコミックス)
created by Rinker
「俺たちは どうしようもなく愛を欲している」 風光明媚な瀬戸内の島で、 父の不倫で心を壊した母と暮らす高校生の暁海と 自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂。 ともに、心に孤独と欠落を抱えた2人は、 暁海の父の不倫相手を訪ねたことをきっかけに、 惹かれ合い、同じ夢を抱いてーー。 生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた 凪良ゆう最高傑作、待望のコミカライズ第1巻。
  • Kindle
  • Amazon
  • 楽天市場
  • Yahooショッピング
  • メルカリ

来島海峡に残る来島城の記憶

愛媛県今治市波止浜沖に浮かぶ来島には、来島村上氏の歴史を今に伝える数々の遺構が残されています。

そのひとつが、島の中腹に佇む「心月庵(しんげつあん)」です。

来島城主の館跡と心月庵

心月庵がある来島は、今治市波止浜の沖合わずか240メートルに浮かぶ小島で、周囲は約850メートルほどしかありません。

しかしこの小さな島は、日本三大急潮のひとつに数えられる来島海峡のただ中に位置し、鳴門海峡や関門海峡と並ぶ海の難所として古来より恐れられてきました。

この海峡は東・中・西の三水道に分かれ、潮の流れが複雑に入り乱れ、ときには時速18キロ(10ノット)にも及ぶ激流を生み出します。

わずかな操船の誤りが命取りとなるこの環境は、外敵にとっては大きな脅威である一方で、地の利を知り尽くした来島村上氏にとっては天然の防壁でもありました。

海の武士団「村上水軍」

戦国時代の瀬戸内海は、西国の大名や京都の将軍家にとっても欠かすことのできない海上交通の大動脈でした。

その航路を押さえたのが、村上水軍です。

村上水軍は“村上海賊”としても知られていますが、いわゆる海の無法者ではなく、海上交通の要衝を押さえて航行する船の安全を保障し、その代償として「関銭」や「通行料」を徴収して暮らしていました。

当時は海賊が乱立する時代でしたが、村上水軍の縄張りを犯す者はほとんどおらず、結果として瀬戸内の海上秩序の維持に大きな役割を果たしていたのです。

さらに、戦国期に入ると各大名に属してその強力な水軍力を提供し、海の武士団として合戦において重要な戦力となりました。

来島村上氏の水軍の始まり

村上水軍の起源は、南北朝時代にまでさかのぼります。

祖とされる村上義弘は、因島を拠点とした海賊の一人でしたが、建武の争乱では南朝方に属し、伊予の豪族・脇屋義介と結んで、芸予地方の水軍をまとめ上げました。

これにより、村上氏は瀬戸内の制海権を掌握し、名実ともに「海の武士団」としての基盤を築くことになりました。

義弘の死後、一族は一時混乱を見ましたが、孫の村上師清が能島に拠点を置き、河野氏や越智氏と手を結びながら水軍を再編しました。

師清は衰えかけていた水軍を再びまとめ上げたことから、「中興の祖」として称えられています。

さらにその子の村上義顕の代に、一族は三つに分かれます。

長男の村上雅房は能島を、次男の村上吉豊は因島を、三男・村上吉房(むらかみ よしふさ)は応永26年(1419年)に来島を拠点としました。

こうして、能島村上氏・因島村上氏・来島村上氏の三家の水軍は、互いに協力しつつもそれぞれ独自の勢力を発展させていきました。

そして、この三家が「村上水軍」と総称され、瀬戸内の制海権を握る存在として大名たちから一目置かれる存在となっていったのです。

来島村上氏の拠点「来島城」

来島に移り住んだ村上吉房(よしふさ)は、この島の地形と潮流を最大限に活かし、応永26年(1419年)に「来島城」を築いたと伝えられています。

城は南北約220メートル、東西約40メートルの規模をもち、本丸・二ノ丸・三ノ丸を連ね、中央には館を置くという堅固な構えを誇っていました。

以後、来島村上氏は6代・約160年にわたってこの地を拠点とし、瀬戸内の制海権を背景に勢力を保ち続けました。

来島村上氏の歩んだ道

しかし、関ヶ原の戦いの後の慶長五年(1600年)、豊臣方に属したため所領を没収され、村上通康は豊後国玖珠郡(現在の大分県玖珠町)へと移封されます。

こうして来島村上氏は海の本拠であった来島を去り、「久留島氏」と名を改め、大名家としての道を歩むことになりました。

来島城は廃城となり、家臣たちの多くはこの地に留まり、海での知識や操船の技術を活かして漁業や海運に従事し、暮らしを立てるようになりました。

かつて戦のために磨かれた技術が、時代の移り変わりとともに生活の糧へと形を変えていったのです。

心月庵と来島に残る名残

やがて、来島村上氏の館があった場所には小堂が建てられ、城主・来島村上氏の位牌が安置されました。

本尊には薬師如来が祀られ、ここは弔いと祈りの場として島の人々に受け継がれていきます。

これが今日に伝わる心月庵です。

館跡の周囲には古井戸や空堀が残り、かつての生活や防御の工夫を今に伝えています。

さらに近くの岩礁には桟橋の柱穴が無数に刻まれており、潮の干満に左右されず軍船を係留できる仕組みが整えられていたことを示しています。

岩肌に残るその痕跡は、海を舞台に生きた武士団・来島村上氏の往時をしのばせる貴重な遺構といえるでしょう。

さらに、心月庵へと続く道筋には、樹齢約200年の幹回り約2.7メートル、高さ約20メートルに達する大榎がそびえています。

その空洞にはかつて「子授け地蔵」が祀られていましたが、台風によって幹が損傷したため、現在は祠が建てられ、地蔵尊がそこに安置されています。

大木の存在とともに、信仰のかたちは、時代を超えて島の人々に受け継がれています。

心月庵からさらに上段に進むと、かつての城主・来島村上氏の祖霊を祀る村上神社が鎮座しています。

この神社は、今も島の人々の信仰の中心であり、城と館、そして庵とともにこの島の歴史をつないできました。

眼下には、今も荒々しい潮流をたたえる来島海峡が広がり、そこに立つと、かつての城主や武士たちもこの景色を眺めていたのだと思わずにいられません。

寺院名

心月庵(しんげつあん)

所在地

愛媛県今治市来島528

本尊

薬師瑠璃光如来

フォトギャラリーを閲覧する
  • Post
  • Share
  • Hatena
  • LINE
  • Pin it
  • note
【PR】
【愛媛の日本酒】「山丹正宗」Jazz Brew 特別純米酒
created by Rinker
オンキヨーと東京農業大学の共同研究による音楽加振技術。JAZZが引き出す、香り高く旨味の深い純米酒。
  • Amazon
  • 楽天市場
  • Yahooショッピング
  • メルカリ

shintobuddhajourney

⛩️ 神社・寺・史跡・歴史 🇯🇵 今治|Based in Imabari,Ehime,Japan 🌿 Local History & Landscapes

📍あさくらサマーフェスタ2026 (八幡大神社) 愛媛県今治市朝倉下甲甲74 #あさくらサマーフェ 📍あさくらサマーフェスタ2026
(八幡大神社)
愛媛県今治市朝倉下甲甲74

#あさくらサマーフェスタ #斉明天皇 #花火大会
📍今治市民のまつり「おんまく」 2026年8月8日(土曜日) #継獅子 #おんまく #バリィさん 📍今治市民のまつり「おんまく」
2026年8月8日(土曜日)
#継獅子 #おんまく #バリィさん
📍わら舟 厳島神社分祠(綱敷天満神社) 愛媛県今治市桜井6丁目2-1 #菅原道真 #天満神社 #綱 📍わら舟
厳島神社分祠(綱敷天満神社)
愛媛県今治市桜井6丁目2-1

#菅原道真 #天満神社 #綱式天満宮
📍湊山城跡(港山城跡) 愛媛県松山市港山町6−1885 #三津浜 #河野氏 #興居島 📍湊山城跡(港山城跡)
愛媛県松山市港山町6−1885
#三津浜 #河野氏 #興居島
📍鷺森神社(鷺ノ森城跡) 愛媛県西条市壬生川20 #lovesaijo #神社 #城跡 📍鷺森神社(鷺ノ森城跡)
愛媛県西条市壬生川20
#lovesaijo  #神社  #城跡
📍萩森神社 愛媛県今治市広紹寺町1 #南北朝時代 #細川頼春 #細川氏 📍萩森神社
愛媛県今治市広紹寺町1
#南北朝時代 #細川頼春 #細川氏
Instagramを見る

関連記事

寺院

衣笠乳地蔵(今治市・大西地区)

寺院

衣笠弁天堂(今治市・大西地区)

寺院

安養寺・紺原(今治市・大西地区)

寺院

三六九寺(今治市・朝倉地区)

寺院

水大師堂(今治市・朝倉地区)

寺院

毘沙門堂・朝倉上(今治市・朝倉地区)

神仏探訪記
前の記事
次の記事
  • ホーム
  • 神仏探訪記
    • 神社
    • 寺院
    • 史跡
  • 特集
    • 偉人伝
    • 今治山林火災
    • 今治城の歴史
    • 今治タオル物語
    • 今治とキリスト教
    • 越智氏の系譜
    • こぼれ話
    • 世田山合戦
    • 自然 × 暮らし
    • 伝統×文化
  • データーベース
  • フォトギャラリー
  • ご質問・お問い合わせ
    • 当サイトについて
    • 写真の二次利用について
    • 参考文献・参考論・資料
    • プライバシーポリシー
    • お問い合わせ