2025年3月27日(木曜日)、この日はまとまった雨が降ると予報されていました。
湿度も高く、空気にはどこか“雨の気配”が漂っていたものの、朝から空は晴れ渡り、日中の気温は25度を超え雨が降る気配は一向に感じられませんでした。
この日も多くの消防の方々が懸命に活動されていましたが、私は一日中長沢地区で火の見張りをしていたため、外の詳しい状況は把握できませんでした。
避難区域に広がる静寂と響くサイレン
長沢の様子は前日とほとんど変わらず、すでに住宅の周辺を除いて大部分が焼けてしまっていたため、現場は基本的に静かで、避難指示が出ているとは思えないほど安全な状況に見えました。
一方で、石打峠(県道162号線)は封鎖され、道路にはバリケードやカラーコーンが設置されていました。
その封鎖された道路と国道196号線では、今日も消防車がサイレンを鳴らしながら何度も往復していました。
現地にいた私たちには外の詳細な状況まではわかりませんでしたが、それでもなお、この山林火災はまだ切迫した状態であることを肌で感じました。
煙につつまれた谷と見張り
地元では炎こそ見えなかったものの、各所からは煙が立ち上り、燻り続ける状態が続いていました。
深刻な危険性は感じられなかったものの、気がかりだったのは「その煙が、いつ、どのタイミングで炎に変わるのか」という点でした。
ただ、これまでと比べて風が穏やかだったことが幸いし、体感としては、燻っていた煙が一気に燃え上がるケースは減っているように感じました。
しかしその一方で、風がほとんどなかったために煙が滞留しやすくなり、谷間という地理的条件も重なって、どこからか流れて来た火災の後の煙に包まれてました。
空を飛び交うヘリ
消防防災ヘリコプターは、基本的に残り火を探しているのか、上空をゆっくりと大きくホバリングしながら旋回していました。
笠松山方面には自衛隊の何度も往復していたことから、そちらがやはり危険な状態じゃないのかと思いました。
見えない炎を見張り続ける
この日も、昨日と同じような状況が一日中続きました。
午前中から警戒していた場所で大きな煙が立ち上ったため、119番に通報しました。しかし、やはり炎が確認できていないため、このような大規模火災の中では優先順位は低くなります。
広島の緊急消防援助隊との交流
しかし、正午前になると、広島の緊急消防援助隊の方々が来てくださいました。
ただし、前日に訪れていた香川の援助隊と同様に、給水場所となっていた周囲の状況確認が目的だったようで、通報により駆けつけてくれたわけではありませんでした。
この頃、山林火災全体の様子は落ち着きをみせていたようで、急いでどこかに駆けつけるような様子は見られませんでっ下。
私たちは前日と香川県の緊急消防援助隊の方々に伝えたのと同様に、この場所の状況について詳しく説明しました。
そして、広島の緊急消防援助隊は一通り確認を終えたあと、別の現場へと向かっていきました。
熱源から立ち上る二つの煙と119
14時頃、煙が明らかに濃くなり、色もそれまでの白色から黒みを帯びたものに変化しました。何かが本格的に燃え始めたと判断し、すぐに119に通報しました。
さらに、1時間後の15時頃には、別の場所から新たに煙が立ち上がり始めました。こちらも黒みを帯びた煙だったため、何かが燃えていると判断して119へ通報しました。
この時、消防からは「現在、調査隊を現場に派遣し調査しています」との返答があったため、私たちは現場で待機することになりました。
こうして1日のうちに複数回119に通報する状況となっていますが、それは、黒煙が2箇所から同時に上がっていたことからも分かるように、目の前に2つの熱源が存在していたためです。
そして、それらがいつ、どのタイミングで火柱へと変化するか、まったく予測ができない状態でもありました。
また、消防の方からは「炎だけでなく、熱源の変化が見られたら、すぐに通報してください」とあらかじめ伝えられていたため、状況を正確に伝える目的でも通報をしていました。
熱源と隣接するまだ燃えていない山林
このように、長沢の多くの山林はすでに燃えていたため、比較的安全な状態ではありましたが、すぐ目の前には危険な熱源が残っており、その動向を見張る必要がありました。
また、消防の方々が住宅を死守するために「水の壁」を作ってくださったことで、住宅から少し離れた山林も燃えずに残っていました。
そして、この日も気温は25度を超え、空気は乾燥しており、火災発生しやすい条件が整っていました。
目の前の熱源は、これまでに消防の方々が何度も叩いてくださったおかげで、ひとまず落ち着いてはいました。
しかし、完全に消えたわけではなく、他の現場も同じような状況に置かれていたため、消防の方も私たちの場所に常駐し続けることはできません。
それでも、もし熱源が何かの拍子で再び燃え上がれば、今度は住宅のすぐ目の前にある山林に燃え移り、短時間で住宅に火が移る恐れがありました。
その兆しをいち早く察知し、消防の方へ伝えるためにも、私たちはこの場所で見張りを続けていたのです。
雨が降り始める
16時。天気予報で伝えられていた雨の時間になっても、空はなかなかその気配を見せず、煙はむしろ勢いを増していきました。
お願い……早く降ってくれ……。
そんな思いで空を見上げながら、現場を見守っていました。
そして17時33分。今度はさらに別の場所から灰色の煙が立ち上がりました。しかも、その場所は住宅のすぐそば。炎は見えませんでしたが、最悪の事態を想定し、すぐに119番へ通報しました。
18時近くになると、その煙はさらに黒く濃くなり、今にも火柱が上がるのではと感じるほどの気配が漂っていました。
しかし、18時15分頃。
ようやく、待ちに待った雨が降り始めました。
住宅のそばで見つけたオレンジの光
雨脚は次第に強まり、数カ所から立ち上がっていた煙は徐々に小さくなっていきました。18時30分ごろには、住宅のそばで上がっていた1カ所を除いて、煙はほとんど見えなくなっていました。
…これで煙は消えるか?
そんな事を話していると、香川の緊急消防援助隊の方々がやって来られました。
前日にも現場の状況は共有し、地形なども把握していただいていましたが、この日は複数の場所から煙が上がっていたこと、さらにその一つが住宅の至近であったことを新たに伝えました。
山林火災全体としては、ようやく落ち着きを見せ始めていたため、今回は土地勘のある私と父が、隊員の方とともに火元を探すことになりました。
ただ、時刻はすでに日没後。辺りは暗くなり始めており、私たちは懐中電灯を手に、藪の中を慎重に進みました。
……しかし、火はなかなか見つかりませんでした。
そこで今度は、煙が上がっていた住宅の正面側から林の奥を目を凝らして探してみることにしました。すると、奥の木々の中に、ぽつんと小さなオレンジの光が灯っているのを発見しました。
「これか……!」
私と父はすぐに隊員の方々を数名呼び、その火を目視で確認してもらいました。
その火は本当に小さく、しかもわずかに動いていたため、見る角度を変えながらでないと発見できないほどでした。
そして、煙ではなく実際に火が確認されたことから、消防の方は『消防車を一台この場所に残し、今晩はその火の監視を続けます』と話してくださいました。
「やっと…。」雷鳴とともに降り始めた雨
ちょうどその時、突如、空に数度、稲妻が走り、強い雨が一気に降り始めました。
これで、なんとかなるかもしれない……。
神様……ありがとうございます。
20時になる頃には、あの小さな火くらいなら、もう絶対に大丈夫だろうと思えるほどの本降りになっていました。
これで、やっと終わるかも……。
ようやく心が少し軽くなりました。
さらに、消防隊員の方が一台の消防車とともに現場に残り、夜通し監視をしてくださっていたため、安心感もありました。
こうして私は、久しぶりに聞いた雨音に耳を傾けながら、ゆっくりと眠りにつきました。
まさか、あの雨の中で…。
こうして、5日目は終わりました。
……しかし。
翌朝になって、近所の方から、実はあの小さな火が深夜2時から3時ごろにかけて、あの雨の中で再び燃え上がっていたことを知らされました。
その際、現場で監視を続けてくださっていた消防の方がすぐに連絡を入れ、さらに数台の消防車が駆けつけ、現場に入り直接消火にあたったとのことでした。
雨も降っていたため、私たちはその時の異変にまったく気づくことができず、近所のある方が、消防車の赤色灯に気付き「何事!?」と驚き、外へ出て状況を知ったそうです。
まさか、あの雨の中で……。
あの時、もし通報していなかったら。火を見つけられていなかったら。そして、消防隊の方が現場に残り監視して頂けていなかったら…。
そんな話を地元の方々としながら、心の底からホッとしたことを、今でもはっきりと覚えています。