「天祐寺(てんゆうじ)」は、今治市町谷にある曹洞宗の寺院で、長い歴史の中で多くの人々から信仰を集め、現在も地域に根ざした寺院として存在しています。
天正年間に創建
天祐寺の創建は天正年間(1573年~1592年)にさかのぼります。当時、三宅川常定治右衛門という人物がこの寺を再興し、寺院の護持や発展に力を尽くしたことが伝えられています。
さらに、鉄團卓男大和尚が天祐寺に深く関わり、住職として地域住民の信仰の拠り所となりました。
この時期に天祐寺は、ただの寺院ではなく、地域社会における精神的な支柱として、また曹洞宗の教えを実践する修行道場として成長を遂げました。
山号と寺院名の由来
天祐寺の山号「龍徳山(りゅうとくざん)」と寺名「天祐(てんゆう)」には、深い意味が込められています。これらの名称は、仏教と儒教の教えを反映しており、寺院の信仰と理念が凝縮されています。
山号「龍徳山」の「龍徳(りゅうとく)」は、「龍」と「徳」の二つの重要な要素から成り立っています。「龍」は、東アジア文化において神聖な存在であり、天と地を結ぶ力を持ち、雨をもたらして人々に恵みを与える象徴です。一方、「徳」は、「優れた徳行」や「他者に尽くす姿」を意味し、天からの恩恵を受けるにふさわしい善行を示します。このように「龍徳山」という名には、天祐寺が慈しみの徳を備え、地域に安らぎと恩恵をもたらす場所であるという願いが込められています。
「天祐寺(てんゆうじ)」の「天祐(てんゆう)」という言葉は、儒教の古典『易経』の言葉「自天祐之(てんよりこれをたすく)」に由来しています。この言葉は「天は徳のある人に助けをもたらす」という意味を持ち、徳を持つことで天からの加護が授けられるとされています。天祐寺という名前は、この尊い教えに基づいて名付けられたものであり、「徳を持ち、正しく生きる人には天からの助けがある」という信念を表現しています。
本尊「釈迦牟尼仏」
天祐寺の本尊は、釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)です。釈迦牟尼仏は、仏教の開祖であり、人々に悟りの道を教えた釈迦(ゴータマ・シッダールタ)を象徴しています。この仏像には、「苦しみから解放され、心の安寧と真理を得る」ための道を説いた釈迦の教えが込められており、天祐寺を訪れる人々が自身の内面を見つめ、仏の教えに帰依するための中心的な存在です。仏像の前で捧げられる祈りや座禅は、人々が日常の悩みや苦しみを超え、心の平和と悟りを求めるための重要な修行とされています。
宗派「曹洞宗」
天祐寺は、曹洞宗(そうとうしゅう)に属しています。曹洞宗は、日本の禅宗の一派で、道元禅師によって13世紀に開かれました。道元は、ただひたすら座禅に専念する「只管打坐(しかんたざ)」を重視しました。これは、何も求めずに「ただ座る」ことで心の迷いや煩悩から解放され、悟りの境地に至ることを目指す修行法です。曹洞宗の特徴であるこの教えは、日々の生活の中で自然体のままに心を落ち着かせ、心身を清めることに重きを置いています。
天祐寺でもこの教えにもとづき、座禅や修行が行われており、訪れる人々にとって心を整える場となっています。特に、釈迦牟尼仏の前で行う座禅や礼拝は、自分と向き合い、心を清らかに保つための大切な機会です。曹洞宗の教えのもとで、日々の生活の一つ一つの行いを仏道修行とする心構えが求められており、天祐寺はこの理念を体現する寺院として地域に根付いています。