2025年3月23日、愛媛県今治市長沢の山林で発生した大規模な林野火災。
火は乾燥した空気と強風の影響を受けながら周辺の山林へと広がり、世田山・笠松山方面へ延焼。さらに一部は市境を越え、西条市側にまで及びました。
発生から9日目となる3月31日に鎮圧されましたが、その後も山中では残火処理や熱源の確認が続けられ、火災の発生から22日後となる4月14日、ようやく鎮火が発表されました。
この3Dマップは、当時公表された焼損範囲や気象データ、消防活動などの記録をもとに、火災が長沢から周辺の山々へどのように広がっていったのかを、地形と時間の両面からたどるために制作したものです。
3月23日の発生から4月14日の鎮火まで日時を進めることで、延焼範囲の変化や飛び火、風向・風速、雨、湿度といった気象条件、そして消火活動の推移を重ねながら確認することができます。
実際に3Dマップを操作して、火災発生から鎮火までの推移をご覧ください。
数字で見る今治林野火災
481.6ヘクタールに及んだ焼損面積と、発生から鎮火まで続いた消火活動。 今治市・西条市の消防本部と消防団をはじめ、愛媛県内外から多くの消防機関が現地へ集まりました。 ここでは、公的資料に記録された数字から今治林野火災の規模を振り返ります。
481.6ヘクタールに及んだ焼損面積
最終的な焼損面積は、今治市448.0ヘクタール、西条市33.6ヘクタール、合わせて481.6ヘクタールに及びました。
これは約4.82平方キロメートル、東京ドームに換算すると約103個分に相当する広さです。 仮に同じ面積を正方形にすると、一辺がおよそ2.2キロメートルにもなる範囲となります。
火災は今治市内だけにとどまらず、市境を越えて西条市側へも延焼しました。
消火活動を支えた消防本部と消防団
現場では今治市消防本部と今治市消防団に加え、隣接する西条市の消防本部・消防団も長期間にわたり活動しました。 また、3月25日から26日にかけては松山市消防団も広域応援として出動しました。
県内外から集結した消防部隊
延焼の拡大に伴い、3月24日には松山・四国中央・新居浜から県内応援隊16隊58人が出動しました。 翌25日には宇和島を含む県内12消防本部(局)27隊90人へ拡大し、同日には県外の緊急消防援助隊も要請されました。 消火体制は今治・西条の地元部隊から、県内全域、さらに県外からの大規模な応援へと段階的に拡大しました。
県内3消防本部から応援
- 松山市消防局
- 四国中央市消防本部
- 新居浜市消防本部
16隊58人。当日の活動人員であり、延べ人員とは別の集計です。
県内12消防本部(局)へ拡大
- 松山市消防局
- 伊予消防等事務組合消防本部
- 久万高原町消防本部
- 東温市消防本部
- 四国中央市消防本部
- 新居浜市消防本部
- 上島町消防本部
- 大洲地区広域消防事務組合
- 西予市消防本部
- 愛南町消防本部
- 宇和島地区広域事務組合消防本部
- 八幡浜地区施設事務組合消防本部
3月25日は27隊90人。県内広域応援全期間では延べ964人・272台です。
広島県・香川県から派遣
- 広島県統括指揮支援隊・広島県大隊
- 香川県大隊
3月25日に受入れが決定し、翌26日から本格活動。3月31日に陸上部隊が引き揚げました。
1府7県による広域支援
- 長野県・滋賀県
- 大阪府・広島県・山口県
- 徳島県・香川県・大分県
徳島県、広島市、広島県、山口県、大阪市、大分県の航空小隊に加え、滋賀県の航空指揮支援隊、長野県の航空後方支援隊が活動しました。
火災発生から6日目となる3月28日には、県内外から大規模な消防・航空部隊が集結していました。
3月28日時点では、愛媛県内12消防本部(局)による広域応援隊に加え、 広島県・香川県の緊急消防援助隊地上部隊、各地の消防防災航空隊などが活動しました。 人数・隊数は公表時点や集計方法によって異なるため、 延べ人員とその時点の活動体制を区別しています。 消防庁資料の指揮支援・陸上・航空を含む集計は86隊309人、今治市消防本部の最終記録にある地上部隊の集計は80隊264人です。集計範囲が異なるため合算していません。
県内12消防本部(局)の名称・活動期間・延べ人員は「記録・検証」9〜13ページ、緊急消防援助隊の派遣地域と役割は8〜13ページを参照しています。 各消防本部別の人数が公表されていない部分は推計していません。
鎮圧後も続いた残火処理
3月28日以降も、地上部隊と航空部隊による消火活動は続けられました。 火勢が次第に弱まる一方、山中には地表から見えにくい熱源やくすぶりが残り、 消防隊や消防団は散水だけでなく、熱源の確認や残火処理を進めていきました。
3月31日には火勢が鎮まり、今治市は火災の「鎮圧」を発表しました。 しかし、これで活動が終わったわけではありません。 山林内ではその後も残火処理や巡視が続けられ、 再燃のおそれがないか確認する作業が行われました。
鎮圧後も活動は続き、最終的に4月14日に鎮火が発表されました。 発生した3月23日から数えると、鎮火まで22日間に及ぶ長期の対応となりました。