神仏探訪記 神仏探訪記

  • ホーム
  • 神仏探訪記
    • 神社
    • 寺院
    • 史跡
  • 特集
    • 偉人伝
    • 今治山林火災
    • 今治城の歴史
    • 今治タオル物語
    • 今治とキリスト教
    • 越智氏の系譜
    • こぼれ話
    • 世田山合戦
    • 自然 × 暮らし
    • 伝統×文化
  • データーベース
  • フォトギャラリー
  • ご質問・お問い合わせ
    • 当サイトについて
    • 写真の二次利用について
    • 参考文献・参考論・資料
    • プライバシーポリシー
    • お問い合わせ
神社SHRINE

古くから信仰を集めてきた神社の由緒と、その土地に根付いた文化を紹介。

寺院TEMPLE

人々の心のよりどころとなった寺院を巡り、その背景を学ぶ。

史跡MONUMENT

時代ごとの歴史を刻む史跡を巡り、今治の魅力を再発見。

越智氏の系譜

FEATURE

01

【越智氏の系譜】越智氏の祖・乎致命と二千年の系譜
こぼれ話

FEATURE

02

なぜ「今治」と呼ばれるのか?800年にわたる名前のルーツを探る
今治城の歴史

FEATURE

09

【今治城の歴史⑨】今治を形づくった戦国武将・藤堂高虎の生涯(前編)
世田山合戦
《世田山合戦⑦》新伊予守護・細川頼春と河野通盛の対立 ── 南朝との戦いの後に始まった、もう一つの戦い
今治城の歴史
【今治城の歴史⑦】幻の天守はどこへ消えた?藤堂高虎と層塔型天守の謎
世田山合戦
《世田山合戦⑪》細川頼之、再び伊予へ……。世田山の因縁から十五年「河野通直(通堯)最後の戦い」
今治城の歴史
【今治城の歴史⑥】今治市民とともに歩んだ海の城「今治城再建史」
指切地蔵・山本九郎兵衛の墓(今治市・大西地区)
MONUMENT 史跡と遺跡を辿る

指切地蔵・山本九郎兵衛の墓(今治市・大西地区)

  • Post
  • Share
  • Hatena
  • LINE
  • Pin it
  • note
【PR】
汝、星のごとく(講談社文庫)
created by Rinker
第20回本屋大賞受賞作! シリーズ累計100万部突破! あなたと生きる、その痛みごと。 著者2度目の本屋大賞を受賞した『汝、星のごとく』が3年の時を経てついに文庫化!同じ空の下であの星を見上げよう。そして、また出会おう。あまりに切ない運命を、繊細な心理描写で描いた著者最高傑作。 風光明媚な瀬戸内の島で育った暁海(あきみ)と母の恋愛に振り回され転校してきた櫂(かい)。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人が恋に落ちるのに時間はかからなかった。ときにすれ違い、ぶつかり、成長していく。生きることの自由さと不自由さを描き続けた著者がおくる、あまりに切ない愛の物語【2023年本屋大賞受賞作】
  • Kindle
  • Amazon
  • 楽天市場
  • Yahooショッピング
  • メルカリ

古墳の里に残る祈りと義勇、宮脇を守った偉人が静かに眠る

大西町宮脇の一帯は、現代の暮らしのなかに古代の記憶が息づく場所として知られています。

桜の名所としても知られる藤山健康文化公園の頂上には、国の史跡に指定されている古墳時代初期の貴重な前方後円墳、妙見山古墳群があります。

また園内には他にも藤山古墳が残されており、後醍醐天皇の皇子の墓所と伝えられ、宮内庁が管理する尊真親王の墓・大井陵墓参考地も所在しています。

藤山健康文化公園からおよそ八百メートル南西には、かつて衣黒山と呼ばれた小さな丘陵があり、その周辺には十基ほどの衣黒山古墳群が広がっていました。

現在では衣黒団地として開発され、古墳の姿は失われましたが、かつて多くの御霊が眠っていた聖域として、地域に静かな記憶をとどめています。

また、藤山健康文化公園のすぐそばには、地域の歴史を物語る丸山墓地があります。

ここには、近代において伊予ネルの製造で名を馳せ、地場産業の発展に大きく貢献した矢野七三郎の墓が静かに佇んでいます。

そして、この丸山墓地の近くには、もう一人、地域で深く伝承されてきた人物が眠っているといわれています。

その人物こそが、指切り九郎兵衛として知られる「山本九郎兵衛(やまもとくろべえ)」です。

村を救った庄屋・山本九郎兵衛

山本九郎兵衛は慶長9年(1604)、宮脇村(今の今治市大西町宮脇)の庄屋・山本家に生まれました。

江戸時代初期のこの地域は、松山藩の統治下に置かれており、農民たちは「六公四民」といわれる重税に苦しめられていました。

名目上は収穫の六割を年貢として差し出すことになっていましたが、実際にはさまざまな附加税や臨時の課役が重なり、実質的には七割近くを取り上げられる過酷な状況でした。

宮脇のように田畑の少ない地域では、農民たちの生活はますます困窮していったのです。

庄屋で村人を守る立場にあった九郎兵衛は、人々を救うため、租税の対象外であった綿花の栽培を奨励しました。

温暖な気候と土地の条件に恵まれた宮脇では綿がよく実り、農民たちの暮らしを支える大きな助けとなっていきました。

綿への課税と指切りの逸話

延宝年間(1673〜1680)のある年、松山藩から派遣された役人が収穫量を査定する「検見(けみ)」にやってきました。

田畑の様子を確認するうち、見事に育った綿畑に目を留めた役人は、「これほど収穫があるのなら、綿にも税を課すべきだ」と言い出しました。

これに、九郎兵衛は即座に反対します。

「これまで綿花には税がかけられたことは一度もございません。どうか村人たちをお救いください。」

しかし役人は取り合わず、「無税である証拠があるのか」と突きつけました。

当時、租税の免除を証明するような書類は存在せず、九郎兵衛は追い詰められました。

「村人たちの生活を守らねばならない…」

そう覚悟を決めた九郎兵衛は一旦奥の部屋に下がり、ほどなくして白布に包んだものを持って戻ってきました。

そう言って差し出された布包みを開いた役人は、思わず息を呑みました。

中には、鮮血に染まった九郎兵衛自身の指が収められていたのです。

自らの身体を賭してまで村人を守ろうとするその覚悟に、役人は圧倒され、ついには綿への課税を断念しました。

この出来事に村人たちは深く感謝し、九郎兵衛を「指切り九郎兵衛」「指切さん」と呼び、その勇気と責任感を末永く讃え続けました。

九郎兵衛の最期と顕彰

延宝8年(1680)、九郎兵衛は77歳で生涯を閉じましたが、生前の正義感あふれる行いから「義の庄屋」と慕われ、死後も地域の人々に讃えられました。

大西町宮脇の丸山墓地入口に墓が作られ、正面には「南無遍照金剛」、側面には「山本氏先祖九郎兵衛墓」と刻まれています。

この墓は里人から「指切地蔵(ゆびきりじぞう)」と呼ばれ、今もなお人々の信仰を集めています。

また、九郎兵衛は隣接する法隆寺(真言宗豊山派)においても供養され、寺の祀りを通じて地域精神を支える存在として顕彰され続けています。

その義勇と責任感は、単なる美談ではなく、宗教的・文化的な記憶として今に息づいているのです。

山本九郎兵衛から絵師・山本雲渓へ続く系譜

山本九郎兵衛は、伊予の豪族・河野家の一族である重茂山城主・左兵衛尉通定の子孫であったと伝えられています。

さらに、その血脈は江戸時代後期の絵師・山本雲渓(やまもとうんけい、1780~1861)へと受け継がれました。

雲渓は九郎兵衛から五代あとの子孫にあたり、医師として人々を癒やす一方で、森派の画法を修めた画人としても活躍しました。

大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)や大井八幡大神社をはじめ、今治地方のみならず伊予国内外の寺社に多数の絵馬を奉納し、その作品群は現在も各地に伝わっています。

雲渓は文久元年(1861)に82歳で没し、山方町の観音寺・山方町(かんのんじ)に葬られました。

その墓碑は今も静かに佇み、九郎兵衛から続く山本家の系譜と、地域社会に根ざした歴史と文化の継承を象徴する存在となっています。

史跡名

指切地蔵・山本九郎兵衛の墓(ゆびきりじぞう)

所在地

愛媛県今治市大西町宮脇1377-3

フォトギャラリーを閲覧する
  • Post
  • Share
  • Hatena
  • LINE
  • Pin it
  • note
【PR】
四国お遍路まんきつすれちがい旅
created by Rinker
しまたけひと (著) 人生二度目のお遍路はご利益倍層といわれる逆回りでチャレンジ! 四国八十八か所・修行の道、「お金をたかる詐欺遍路」「不登校の甥を連れて遍路」「奥さんの供養で遍路」…などなど、いろいろな出会いがありました。
  • Kindle
  • Amazon
  • 楽天市場
  • Yahooショッピング
  • メルカリ

shintobuddhajourney

⛩️ 神社・寺・史跡・歴史 🇯🇵 今治|Based in Imabari,Ehime,Japan 🌿 Local History & Landscapes

📍あさくらサマーフェスタ2026 (八幡大神社) 愛媛県今治市朝倉下甲甲74 #あさくらサマーフェ 📍あさくらサマーフェスタ2026
(八幡大神社)
愛媛県今治市朝倉下甲甲74

#あさくらサマーフェスタ #斉明天皇 #花火大会
📍今治市民のまつり「おんまく」 2026年8月8日(土曜日) #継獅子 #おんまく #バリィさん 📍今治市民のまつり「おんまく」
2026年8月8日(土曜日)
#継獅子 #おんまく #バリィさん
📍わら舟 厳島神社分祠(綱敷天満神社) 愛媛県今治市桜井6丁目2-1 #菅原道真 #天満神社 #綱 📍わら舟
厳島神社分祠(綱敷天満神社)
愛媛県今治市桜井6丁目2-1

#菅原道真 #天満神社 #綱式天満宮
📍湊山城跡(港山城跡) 愛媛県松山市港山町6−1885 #三津浜 #河野氏 #興居島 📍湊山城跡(港山城跡)
愛媛県松山市港山町6−1885
#三津浜 #河野氏 #興居島
📍鷺森神社(鷺ノ森城跡) 愛媛県西条市壬生川20 #lovesaijo #神社 #城跡 📍鷺森神社(鷺ノ森城跡)
愛媛県西条市壬生川20
#lovesaijo  #神社  #城跡
📍萩森神社 愛媛県今治市広紹寺町1 #南北朝時代 #細川頼春 #細川氏 📍萩森神社
愛媛県今治市広紹寺町1
#南北朝時代 #細川頼春 #細川氏
Instagramを見る

関連記事

史跡

藤山古墳(今治市・大西地区)

史跡

尊真親王の墓・大井陵墓参考地(今治市・大西地区)

史跡

妙見山古墳群(今治市・大西地区)

史跡

遠見山城跡・海山城展望公園(今治市・波方地区)

史跡

波方館(今治市・波方地区)

史跡

大河内馬之丞五輪塔(今治市・大西地区)

神仏探訪記
前の記事
次の記事
  • ホーム
  • 神仏探訪記
    • 神社
    • 寺院
    • 史跡
  • 特集
    • 偉人伝
    • 今治山林火災
    • 今治城の歴史
    • 今治タオル物語
    • 今治とキリスト教
    • 越智氏の系譜
    • こぼれ話
    • 世田山合戦
    • 自然 × 暮らし
    • 伝統×文化
  • データーベース
  • フォトギャラリー
  • ご質問・お問い合わせ
    • 当サイトについて
    • 写真の二次利用について
    • 参考文献・参考論・資料
    • プライバシーポリシー
    • お問い合わせ